プログレス個別教室

兵庫県の明石市、西宮市を中心に4教室を展開する個別指導塾プログレスのブログです。

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今日は何の日~2月11日~(3)

前回の続きです。

410951.hateblo.jp

・神話と歴史

 かの有名な哲学者、社会人類学者であるレヴィ・ストロースも著書の中で神話と歴史の関係性について以下のように述べています。

 

 私たちの社会では、神話に代わって歴史がそれと同じ機能をはたしているのだと言ってしまっても、

それは私の信ずるところをあまりはずれておりません。

 

文字や古文書をもたない社会においては、神話の目的とは、

未来が現在と過去に対してできる限り忠実であること―完全に同じであることは明らかに不可能ですが―の保証なのです。

 

ところが私たちは、未来はつねに現在とは異なるものであるべきだ、またますます異なったものになってゆくべきだ、と考えます。

 

そして、どのような相違を考えるかは、ある範囲までは、もちろん私たちの政治的傾向によって左右されます。

 

私たちの心のなかで、神話と歴史のあいだにはある断絶が存在します。

 

しかしながらこの断絶は、歴史の研究によっておそらく打ち破られるでしょう。

 

ただしそれは、歴史を神話から切り離されたものとは見なさず、神話の延長として研究することによって可能になるのです。

 

レヴィ・ストロース「神話と意味」

 

 神話は歴史により一層の深み、面白み、幅をもたせる役割を果たすものであると捉えると良いのかもしれません。

ただし、もちろん中には神話の中には事実でないことも含まれ得るということは常に頭に入れておくべきなのでしょう。

 

 もちろん、一般的な「歴史」の教科書にはこうした日本神話についての記述はほとんどありません。

それは言うまでもなく、客観的・科学的ではないからという理由が第一にあるからでしょう。

しかしながら、その「歴史」の中にはこうした神話との関係性が垣間見える部分が、特に古代の「歴史」の中にはいくつか存在すると言えます。

先に上げた正史としての『日本書紀』もその一例と言えますし、『宋書』に記述のある倭の五王などもそれにあたるでしょう、

あるいは最近、発掘調査が行われることになった大仙陵古墳などもそれにあたるのかもしれません。

 

 また、歴史書と捉える以外にも、『古事記』、『日本書紀』は文学作品としても非常に興味深い内容の書物であることは確かです。

少し難しい表現や人物関係が捉えにくいところもありますが、一読書のネタとしては十分に楽しめるかと思いますので興味のある方は是非読んでみて下さい。

 

 今回、2月11日という単なる祝日だけをとって見ても、その背景には壮大な、

興味深いお話がいくつかあるということを知ってもらえれば良いなという主旨で書き始めた今回の記事ですが、話がどんどん広がってしまいました。

繰り返しになりますが、全ての祝日には意味があります。

他の祝日についてもそのルーツをいろいろと調べてみると面白いかもしれません。

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