プログレス個別教室

兵庫県の明石市、西宮市を中心に4教室を展開する個別指導塾プログレスのブログです。

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今日は何の日~6月23日~(2)

 前回の続きです。

 

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硫黄島の戦い

 硫黄島といえば、最近では2006年にクリント・イーストウッド監督によって『父親たちの星条旗』、『硫黄島からの手紙』という映画が作られ、

日本が誇るハリウッド俳優である渡辺謙さんが日本軍の最高司令官であった栗林忠道大将を演じられたのが記憶に新しいですね。

また、写真としてはこの写真の方が有名でしょうか。

 

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https://www.sankei.com/photo/images/news/160826/sty1608260001-p1.jpg

 

硫黄島の南にある摺鉢山(すりばちやま)という山のてっぺんに、アメリカ軍の兵士が自国の国旗(星条旗)を掲げる場面をおさめた写真です。

これはすなわち、日本軍がアメリカ軍に負け、硫黄島の陥落が決定した瞬間であったと言えます。

 

 ちなみに、イーストウッド監督の映画の邦題は『硫黄島からの手紙(いおうじまからのてがみ)』ですが、

地名としては「いおうとう」が正しく、歴史的事象としても硫黄島の戦いについては「いおうとうのたたかい」と読むのが正しいです。

 

 もちろんこの硫黄島(いおうとう)は東京都小笠原諸島の島を指す地名ですが、硫黄島(いおうじま)という島も、

鹿児島県大隅諸島の島として存在しますので「いおうじま」と読んでしまうと鹿児島県の島を指すことになってしまいます。

地名は津々浦々、判読が難しいものもたくさんありますが、正しい読み方を覚えておきたいところですね。

 

 硫黄島の戦いは、1945年2月19日に始まり、同年3月26日に終結した戦いです。

沖縄戦が1945年3月26日から始まり、6月23日に終結したことを踏まえると、沖縄戦よりも前に行われた地上戦であったことがお分かりいただけるでしょう。

硫黄島の戦いと沖縄戦に関して、地上戦であるということはどちらの戦闘においても共通することではあるのですが、

大きな違いとしては「民間人が巻き込まれたかどうか。」という点です。

 

 硫黄島には1940年代当時は約1000人の住民が生活していたと言われています。

もちろん沖縄戦の舞台となった沖縄本島とは人口規模は全く異なりますが、

硫黄島の戦いに先駆けて、この島民の方たちは皆、他の地域に避難しており、

従ってこの硫黄島の戦いでは地元島民の犠牲者が出なかったという点が沖縄戦との違いであると言えます。

 

 その他、なぜアメリカが真っ先に硫黄島を狙ったのか、あるいはどうして日本は硫黄島を死守しようとしたのか。

これらについては今回、詳しくは触れませんが少なくとも硫黄島は日米両軍にとって重要な島であったということが言えます。

 

 最終的には写真にもあるように硫黄島は陥落、日本軍は玉砕し、アメリカ軍の手に渡ることとなりました。

アメリカ軍は、当初この硫黄島は5日間で攻め落とせると考えてこの戦いに突入しました。

すなわち、5日間で日本軍を殲滅(せんめつ)できると考えていたわけです。

 

 しかし実際にはこの硫黄島の戦いは36日間にも及びました。

実はこの「陥落まで何日かかったか」という点はまさに硫黄島の戦いの最大のポイントであったと言えます。

これ以上は興味がある方はぜひ調べてみて下さい、先生に聞いて頂ければお話します。

 

次回に続きます。

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